2025年11月26日水曜日

23 神の置いた敵意とイエス・キリストの世界観


複数の人が交わるところに偶発的に情報が発生する
人の情報は神の示す現実を見えなくする

そして、人の意識の領域で錯覚を起こし
神の示す現実との間に矛盾が生まれる

人は矛盾を持って苦しみフィクションを作り出す
それを人々が共有するとき「人間の仕業」が起こる

創世記は、神が初めに創造した「人」から「男」と「女」を創ったとき、複数になった2人の間に偶発的に情報が発生し、「女」の意識の領域で錯覚が起こったことを伝えている

錯覚によって、「園のどの木からでも取って食べなさい。ただ、善悪の知識の木からは、取って食べてはいけない。取って食べると必ず死ぬことになる」(創世記2章16~17節)という神の言葉は、「ただ、園の中央にある木の実は、取って食べてはいけない。触れてもいけない、死んではいけないから」(創世記3章3節)という言葉と入れ代わった

そこで、彼らは神が園の中央に生えさせた「命の木」からも取って食べずにいた
神の示す現実との間に矛盾が生まれた

「女」は矛盾を持って苦しみ、「いや、決して死ぬことはない。それを食べると目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っているのだ」(創世記3章4~5節)というフィクションを作り出した。そしてそれを「男」と共有し、神の禁じた木の実を取って食べ、「人間の仕業」に至った

神は、人の情報に、「お前と女、お前の子孫と女の子孫との間に私は敵意を置く」(創世記3:章15節)と言って、人の意識の領域に「敵意」を置いた

今、自分の内奥で働きかける「神が置いた敵意」に気付いたら、それと真摯に向き合い、真実を告げる神の言葉に耳を傾け、イエス・キリストの世界観を見る時だ
神は人とともにいてくださる

Maria K. M.
(参考:ブログ「イエス・キリストの世界観とヨハネの黙示」https://spiritosantowjjp.blogspot.com/

 

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