34. 新しい男と新しい女の召命
人は、人や他の動物たちの誕生を見て 生き物に自発性があることを知る
この自発性が 人に「ある」というものを感じさせ 人はそれを「存在」だと受け取るようになる
やがて人は これが人の脳の中で起こる出来事であり 「ある」と捉えられるのは自分自身だけで 他はすべて自身との関係を表す情報として存在していることを知る
だから 人をこのように創造した神が「私はある」と言うとき
それは 神が人と共にいて関係していることを言っている
人にとって関係性を示す情報こそが 他者の「存在」を保証する手立て
聖書は 神が人を神の似姿に創造したと書いた
この命題が人にとって 自他ともにその「存在」を保証するためには
それは 関係性を示す情報にならなければならない
そこで神はその独り子を世に遣わした
キリスト者にとって完全な神の似姿は イエス
したがって神に似るということは イエスに似るということ
イエスに似るために共有可能なイエスの特徴は
「天の国のために自ら進んで宦官となった者」になることを弟子たちに勧めたこと
それはイエスご自身のこと
イエスが 「受け入れることのできる人は受け入れなさい」と言い添えたのは
社会的立場が異なる者たちが この勧めを時宜にかなって自由に受け入れることができるため
十字架のそばに御父が引き寄せた人々が 三人のマリアであったことから
男性性と女性性についての新たな可能性を受け取る必要がある
キリスト者の男性は 子を持つ者も持たない者も 「愛する弟子」に倣ってマリアの名を受け取り イエスに似る者となる
キリスト者の女性は 子を持つ者はクロパの妻マリアによってヨセフの名を受け取り
子を持たない者はマグダラのマリアによってイエスの名を受け取り
それぞれイエスに似る者となる
十字架のそばにいた三人のマリアは 聖家族のメンバーを象徴している
聖家族をモデルに イエスの似姿として現れるイエスの「私の教会」は
聖書の世界を現実のものにする
Maria K. M.
(参考:ブログ「イエス・キリストの世界観とヨハネの黙示」https://spiritosantowjjp.blogspot.com/)

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