27. 最初のイリュージョン
神こそが、人々にとっての真の父母である。そこで創世記2章24節にある「こういうわけで、男は父母を離れて妻と結ばれ、二人は一体となる」の「父母」を「神」に置き替えると次のようになる
「こういうわけで、男は“神”を離れて妻と結ばれ、二人は一体となる」
これは、エデンの園で神に創造された初めの男と女の生殖行動が、神と離れたところで始まるという予告である。どうして旧約聖書にこのような予告が書かれたのか
創世記は、神が初めの「人」から女を創造したことを次のように書いた。「神である主は、人から取ったあばら骨で女を造り上げ、人のところへ連れて来られた」(創世記2章22節)
これを見た人は言った。「これこそ、私の骨の骨、肉の肉。これを女と名付けよう。これは男から取られたからである」(創世記2章22~23節)
創世記の神が初めの「人」から女を創造した記述と「人」から「あばら骨」が取られた後の男の言葉は、次のように異なっていた。「人」から「あばら骨」が取られた後、男に錯覚が生じたのだ
女は、「私の骨の骨」であっても「肉の肉」ではない自分を男と名乗り、女が男から取られたと言った。しかし女は「人」から取られたのである
人間は錯覚を発現すると矛盾を持ち、矛盾は人の意識の領域で重荷となる
そこで人はフィクションを作り、その中に入って矛盾を持ったことを見ないようにする
フィクションを複数の人々が共有すると、「人間の仕業」が起こる
男と女は神が食べることを禁じた木の実を取って食べた
そして、「アダムは女をエバ(命)と名付けた。彼女がすべて命あるものの母となったからである」(創世記3章20節)
アダム(男)は、新たな錯覚を持ったのだ。アダムのこの行為は、エデンの園から追放される直接の原因となった
創世記によると、アダムとエバが結ばれるのは、この後、2人が園を追放された後である
まさに、「こういうわけで、男は“神”を離れて妻と結ばれ、二人は一体となる」
エデンの園を追放されたことと相まって、他の動物と同じ目的で与えられた人の生殖行動が神と離れたところで始まったことは、人に、本能からくるような深い孤独感をもたらした
男と女の関係は初めから困難を抱えていた
Maria K. M.
(参考:ブログ「イエス・キリストの世界観とヨハネの黙示」https://spiritosantowjjp.blogspot.com/)

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